2017年04月29日

ゴミで財産を築いた人

8歳の頃だったと思う、午後3時ごろ学校から帰ると養父の常吉さんが頭と顔全体に包帯をグルグル巻きにして寝ていた。心配で胸がドキドキした。父とは呼べなかったが父と思っている人がミイラのような姿で横たわっていた。恐怖で歯がガチガチ鳴った。

子供たち三人は寡黙で良く働く常吉さんに敬意を抱き頼りにもしていた。もし母が「お父さんと呼びなさい」と言えば、喜んでそうしたと思う。5歳と7歳と9歳の子供にとっては居なくなった実父が父であり養父を何と呼んでいいか分からない。常吉さんが法的に養父になったのは同居してから14年目、私が19歳のの時だ。二人の兄は養子にもならず旧姓のままだった。それなのに私は、後に生まれた7つ違いの妹を含め6人家族と思っていた。

常吉さんの本職は表具師だが仕事がないので品川の旧国鉄品川駅操車場で掃除夫をしていた。日当は安いけれどゴミの中にはお宝が眠っているのだ。その一つが資源ゴミ、中でも一番人気はアカと呼ばれる銅である。常吉さんは銅を得るために電線を燃やしている時に突然噴き出した炎で顔を焼かれたのだ。

親方は仕事ではないのだから治療費を出せないとか言っていた。しかし掃除夫にしてみれば、このような余禄があるから安い日当で働いているのだ。余禄はもう一つあった。汽車弁の食べ残しである。品川には全国の至る所から客車が入って来る。列車を掃除するのが常吉さんたちの仕事だ。食糧難の当時は食えるものをゴミとは思えない。

世の中はいろいろ、片方に食うや食わずの人がいるかと思うと、もう一方には駅弁を残す人がいる。今も昔も格差社会だ。お蔭で北海道から九州までの弁当を食べたが、今覚えているのは名古屋の鯛めしくらいだ。食える食べ残し弁当が出る範囲は案外狭いのかも知れない。ともかく広範囲の味覚が家に居ながら食えるのだから有難い。

しかし、衛生的には危ない。ここでも目、鼻、舌による厳重なチェックが必要だ。そして蒸かしてから食べる。温かいご飯は美味しいし、熱でバイキンを殺せるので衛生的だ。私たちは文明人だから綺麗なものしか食えない。穢ければ綺麗にする。キレイに出来なければ捨てる。金が無くて医者にも掛かれないのだから腹は壊せないのだ。

品川駅操車場から運ぶのは常吉さん、目鼻舌チェック母、蒸かすのは子供たちの仕事だ。バラックには台所みたいな場所は有っても水道はないし火を使うスペースもない。母は見栄っ張りだから他人様の残り物を蒸かす姿を見られたくない。外と言っても街中である。道路の脇だから人通りもあるし、近所の人が挨拶したりする。

当時の弁当箱は経木で出来ているので燃料になる。包み紙も割り箸も経木も面白いようによく燃えた。水道も焼跡にニョロっと水道栓だけ出ているのを共同で使っていたので無料だったと思う。母は金が無い金が無いといつも言っているのに、水道料が大変だという話は聞いたことがない。

燃料費も水道料も弁当代もかからない。金が無くても案外暮らせるものだ。しかし、バラック暮らしで拾い食いでは格好がつかない。だから秘密にして普通の暮らしをしているフリをしなければならない。これが一番大変だった。世の中には楽しい秘密もあるけれど、こんな秘密は疲れる。いつもバレルのではないかと心配している。そしてバレたら大恥だと思っている。貧乏は決して呑気ではない。ストレスいっぱいの暮らしだ。

ところが、近所には拾って売って大儲けして、3年たったら大田区に大きな土地を買い、池に鯉が泳ぐ庭を造り豪邸を建てた人がいる。清掃員として常吉さんたちを雇った親方だ。シベリア帰りの請負師である。彼は国鉄から清掃の仕事を安値で請け負った。監督に賄賂を使いゴミを持ち帰ることを見逃してもらっていた。

一番いいゴミは進駐軍専用車にある。なんと当時極めて貴重だった肉の半端物がゴミとして放置されているのだ。アメリカタバコ、菓子類等いろいろなものをゴミとして放置、あるいは捨てられていた。一般掃除夫がそこに入ることはない。進駐軍専用車の清掃は親方夫婦とその子供たちだけでやっていた。親方にとっては日米の生活水準の差がそのまま儲けになるのだ。格差は大きければ大きいほど儲けが多くなる。

肉もアメリカ煙草も高く売れる。それに親方はアメリカ産のみならず大量の国産煙草吸殻を持って帰るのだ。もちろん空き箱も持ち帰る。吸殻をぼぐして巻いてタバコにして、拾ったピースなどタバコの空き箱に詰めて売る。私も子供なのに吸殻をほぐすのを手伝わされた。日当は放置されたパンや食料だから人件費もかからない。もちろん所得税なんか払わないから丸儲けだ。本当にいい商売をしていたものだ。

この仕事を続ける為には監督への賄賂だけではダメだ。ある意味で人格者でなくてはならない。度胸一筋で思い切ったことをやるけれど、義理人情に厚くなければ続かない。人には嫌われないで頼りにされなくてはもたないのだ。多くの人達が真似をしようとして失敗した。成功するのは難しい。天国と地獄とが背中合わせの仕事だ。

おかげで私はエライとばっちりを受けた。ある日友達に「お前タバコを吸ってるだろう」と言われた。むきになって否定した。それから3日したら、どこでバレたか「お前闇タバコ売るの手伝っているだろ。法律違反だぞ」と脅かされた。私は法律も社会常識も知らない子供だから、警察に捕まって牢屋に入れられると思って凄い不安に襲われた。家族皆が協力しなければ食って行けないのだから抜けられないのだ。

それなのに親方は堂々としている。「大蔵省は儲けすぎだ。だから俺が安く売って上げているんだ。人助けなんだ」とか言っていた。3年して家を建てたときは、家に呼んでくれたので行ってみた。応接間に、表彰状がいっぱい飾ってあった。教育に貢献したとか、街の安全に貢献したとかで学校や警察から表彰されたのである。
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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 小学時代