2017年07月08日

ハッピー・リタイアメント

ハッピー・リタイアメントとは「定年以前に豊かな老後資金を確保して自適の引退生活に入ること」だそうだ。私は辛い仕事から解放されて幸せになることと勘違いしていた。無職だから自適だし、車は無いし酒もタバコも飲まないし、旅行、ゴルフ等金のかかる遊びは一切しない。だから暮らしには困らない。貧しいながらもハッピー・リタイアメントだ。

スポーツ、ゲームは全部ダメ、ノロマだから仕事もダメ、オマケに音痴。少しは暗い気持ちになってもよさそうなものだがなれない。自分の殻に閉じこもって世間を見ないからだと思う。知れば穏やかでは居られないだろう。何が幸せの種になるか分からないのが人生だ。私の場合は無趣味、無能力が経済的負担を軽くし幸せの種になってくれている。

井の中の蛙だから小さい話をしたいと思う。オタマジャクシを限りなく小さくした様な精子の話である。人間の感覚で言えば、精子は卵子に巡り会うまで6Kmの旅をするそうだ。誕生と同時に人生は始まると思っていたが違うようだ。実は生れる10ヶ月も前から始まっていたのだ。つまり胎内で6Kmの旅を始める精子の時から、私は私なのである。

言うまでもないことだが精子である私もノロマだった。ウジャウジャ居る精子が卵子を目がけて突進している。それらが足の引っ張り合いをして疲れ切って倒れた頃。胎内の片隅でジッとしていた私は、目の前が次第に明かるくなったことに気が付いた。ノロリノロリと進んだら卵子に到達してしまったのだ。そんな訳でノロマの私が生まれたのだと思う。

医学のことは良く分からないが精子は前向きだと思う。卵子目がけて一心不乱に全速力で胎内を泳いでいる。それに生まれる前だから赤ちゃんよりももっと純真無垢だ。限りなく清らかで、あえて言えば天使のような存在と思う。形だって頭が小さくしっぽが長くてとても恰好いい。人間に例えれば足が長いファイターズの大谷のような感じだ。

私も前向きに生きてきたつもりだ。失敗の連続だが何時もなんとかなるさと思い、何とかなって76歳まで生き延びた。これが私の唯一の自慢である。長い人生では辛いことも度々あったが、その時は逃げる。しっかりと前向きに逃げたのだ。そして生き残った。

「逃げるとは卑怯だぞ!」と先輩は厳しい。
彼は私より2歳年下だが職場では先輩だったので退職した今でも威張っている。
「だから前向きにと言ってるでしょう」
「逃げるのに前も後ろもあるか!」
「他人様に責任を押し付けて逃げるようなことは決してしません」
「それで前向き?」
「例えば東京がダメなら大阪があるさというようにですね」
「なるほど、前向きとは行き先のことか」
「まあいいでしょう。出来ないことから逃げて出来そうな方向に向かうのです」
「動くたびに収入が減るだろう」
「仕方ないですね。病気になるよりマシでしょ」

かって私が勤めていた職場は現場第一主義だった。現場を離れると収入がガタ減りになるので誰もが事務室勤務や訓練施設勤務を嫌がった。それどころか管理職になるのさえ嫌がる人が多かった。そんな職場だが現場が苦手の私は喜んで後方勤務に甘んじた。最後には管理職にまでなってしまった。仕事は苦手だが何とかして定年まで勤めたかったのだ。そしてハッピー・リタイアメント。 ああシンド死ぬまでお前と二人連れ(運)

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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 高齢時代