2017年11月25日

次は何だろう?

歳をとると物忘れが激しくなるが、それだけではない。在るものが見えなくなるのだ。それが冷蔵庫の牛乳ならいいが交通信号となると危ない。これからは年寄りみたいにノロノロ歩かなければならない。遅まきながら老人と自覚した。

街中を歩くときは信号を見ながら効率よく歩いていた。例えば遠くから信号の変わり具合を見て直進するか右折するか決める。あるいは信号が変わるタイミングに合わせて早く歩いたり遅く歩いたりする。要するに信号待ちの時間を少なくするように歩くのだ。

その癖が悪い方に作用してしまった。間違えて赤信号で横断したのだ。こうなると老人力とか言って笑ってすまされない。医院を出て直ぐ、歩く方向の信号が赤であることを一瞬の内にに確認した。前が赤なら左は青に違いない。急いで方向を変えて渡ろうとした。これがまずかった。短いけれど両方とも赤になる時間帯がある。

歩き出すと同時に信号待ちのトラックが動き出し、プップと警告された。何故だろうと思いながらも先を急いだ。そうしたら反対側で信号待ちしていた赤い車も動きだした。後ろにも前にも行けなくなり道路の真ん中で立ち尽くした。有難いことに赤い車が止まってくれたので頭を下げて通り抜けた。書くと長いがせいぜい3秒以内で起こったことだ。心ならずも交通の流れを遮断する、迷惑な老人になってしまった。

何故こうなったかと言うと、医院から出たばかりで信号が何時変わったか見ていなかった。それなのに他の方向は青と思い込んだ。寒かったので早く日当たりの好い向こう側に渡りたかった。致命的なのは一旦青と思い込んだら他の色が目に入らないことだ。

最近、こういうことがよくある。例えば「牛乳とって」と言われて冷蔵庫を探しても無い。「あるはずだかれ良く見て」と言われて見るとある。存在する物が目に入らなかったのだ。とても不思議だが、こんなことがよくある様になった。脳が老化している。

探し物が一時的に見えないくらいはいいが信号の見落としは困る。街中を気軽に散歩とは行かなくなったのだ。歳をとると共にいろいろ出て来る。先ず物忘れ、次に在るものが見えなくなった。さて、その次は何だろう?

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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 後期高齢(75歳以上)

2017年11月18日

本当は凄いんだ

私は才能に溢れた人間だが、それは何処かに隠れていて未だに見つからない。仕事が苦手で苦労したし趣味は「下手の横好き一本鎗」。そんな人生だが振り返ってみた。1940年出生、3億といわれる精子の中で一番強くてたくましい個体として選ばれ、この世に生まれた。唯、それだけで素晴らしい。みんなそう言っている。家のトイレにも張り付けてあるので1日に何回も見ている。一応、生まれることに成功したと胸を張って言えると思う。
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1955年中学卒業に成功した。「世界では約7億8,100万人の成人が読み書きができない」と言われている。それなのに何の努力もしないで中学を卒業し、読み書きができて九九も暗唱できるのだ。もし読み書きと金勘定が出来なければ最低限の暮らしさえ維持できない。よく考えれば中学卒業とは素晴らしいことだ。

1963年定職に就くことに成功した。お陰で衣食足りて家族を作り家も建てた。電話も付けたし車も買った。これこそ子供の頃には予想もできなかった大成功! 2001年定年退職して年金をもらうことに成功、長年の夢が現実となった。

2017年喜寿まで生き延びることに成功、予想をはるかに超えて、還暦、古希はおろか喜寿に至る。極めて目出度い。これほど幸せな老後を迎えるとは夢にも思わなかった。このように成功街道まっしぐらの人生だったが、一つだけ失敗したことがある。

それは自分の才能を見つけ出せなかったこと。3億個の精子の中から選ばれて、この世に出てきたのだから何か優れた点があるはずだ。才能はあるのに見いだせない。こんな悔しいことはない。100歳まで生きるとしても残りは33%、しかも高齢、状況は極めて悪くなっている。探せば絶対にあるはずなのに諦めることにした。苦渋の決断である。

こうして才能と言う宝は体内に埋まったまま、私と一緒に墓場に行くことになった。あらゆる手を尽くして探したが見つからない。仕方がないから下手の横好きで歌っている。しかし、それは仮の姿。本当は私って凄いんだ。とか言っら信じてくれるかな?

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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 人生全般

2017年11月11日

天才ユガワ君

中学時代に同級生だったユガワ君は学校で一番の秀才で後に東大に入った。彼は学校の勉強を全くしていないようにみえた。ユガワ君の家に遊びに行っても本棚には教科書とか参考書の類を見かけない。目立つのは「無線と実験」とか「ラジオ技術」などの無線関係の本、それに落語全集と言うありさまだ。

ユカワ君は落語が得意で自習時間によく話してくれた。頭がいいから尊敬されているし落語で笑わしてくれるので人気もあった。それなのに何故か孤独な感じがする。私も一対一では近寄りがたいので遊びに行くときはいつも三人一緒だ。メンバーはコメヤ(米屋の息子)オパーリン(唐辛子屋の息子)、そして私である。

ユカワ君は1級アマチュア無線技士の資格を持っていた。当時の中学生が取得できる最高の資格だ。無線通信は最先端の技術でユガワ君の部屋は科学の匂いがプンプンしていた。アマチュア無線をやっているコメヤに連れられて行ったのだ。

部屋にはラジオとか送受信機や、その部品などでいっぱいだ。アチコチに噛んだガムを張り付けていた。「これはなに?」と聞くと絶縁に使うと言っていた。噛んで捨てるだけのガムが再利用されている。さすがに天才はやることが違うと感心した。

4人の共通点は学校の勉強をしないことだった。ユカワ君はしなくても学校一の秀才だ。オパーリンは、背伸びして『生命の起源』の勉強を熱心にしていた。コメヤは遊んでいても私立の高校に行ける身分だ。私は高校には行かないので勉強する必要がない。実験と称して理科室に入りびたって遊んでいた。今では考えられないが、ちょっと危ない化学の実験などを自由にさせてくれるのだ。

不思議なことにオパーリンの家に行ってもコメヤに行っても家族に会ったことがない。ユガワ君の家では優しそうなお母さんが紅茶とお菓子を持ってきてくれる。私が行く中で唯一の家庭を感じる家だった。我が家は6人家族で6畳一間のあばら家だから友達など呼べない。とりとめのないことを書いてしまったが、私にとっては唯一の楽しい思い出なので、ぜひ記憶に残してして置きたかった。

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タグ:渋谷
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 中学時代

2017年11月04日

老人力がついた

赤瀬川先生が20年前に提唱した老人力が私にもついた。歳だ認知だと言われるより老人力がついたと言われた方が気分がいい。スポーツ、ゲーム、カラオケ、何をやっても劣っているのに、自分は頭がいいと思い込んでいる。老人力の成せる技だ。

そう思い込むにはそれなりの理由がある。高校も大学も行かなかったので頭のいい人と机を並べて競った経験がない。そのため勉強で人に負けたことがないのだ。もちろん勝ったこともないが、これでいいのだ。老人力の最強アイテムは良いとこ取りだから。

未だに勉強だけは「やれば出来る」と思い込んでいる。やらないからそう思い続けることが出来るのだ。実はホンの少しだが勉強したいと思う時期があった。安定した職について飯が食えるようになった24歳のときだった。

法律の勉強をしたくて通信教育を受けた。しかしレポートを提出しても添削もしないで「立派なレポートです」とか一行書いて送り返して来るだけだった。それに比べての話だが老人になってから2年ばかり新聞にコラムを書いていた。その時は修正・削除・訂正が山ほどあった。担当者に直してもらっていたのに原稿料はキチンと振り込まれた。

ところが通信教育ではお金を払っているのにレポートを読んだ形跡がない。闇の中だから何事も疎かにされる。一方、コラムの執筆は公開されるので疎かにはできない。同じように一生懸命書いても相手の都合でずいぶん差があるものだ。通信教育は1ヶ月で止めた。長い人生の中では一瞬の勉強体験だった。

教養が無いだけならいいけれど、運動・碁将棋麻雀、勝ち負け・順位等、客観評価を伴うものは全部ダメだ。とりあえず歌って楽しく暮らしたい。音痴だが老人力で恥を緩和させている。この力をパワーアップして更に高いステージを目指す計画がある。頭がいいから何でも考えられるのだ。自慢してゴメン。

百歳になったらのど自慢に出るのだ。高齢者には別枠があるらしい。昔なら80歳くらいでよかったが高齢化が進んだので三桁は必要と思う。百歳なら立って歌えれば充分だ。身体の方は自然に衰えるので、せめて老人力だけでも精一杯働かせて一段上のステージを狙いたい。生かされいることに感謝しつつ夢想している。

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posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(2) | 人生全般