2018年09月01日

知らぬが仏

人生を語るのが好きだが語り合う人はいない。仕方がないので書いている。ところで山口県で行方不明になった二歳児が三日ぶりに保護され、誰もが知る大きな話題となった。ふと人が恐怖を感じるのは何歳くらいからかと考えた。と言うのは私の場合、同じような経験をしても5歳の時と8歳の時とでは感じ方がまるで違ったからだ。

5歳のとき家族の運命を左右する劇的な事件が起きた。戦後の混乱期に父親が暴漢に襲われて血だらけになって担ぎ込まれた。玄関の戸をバンバン高く音と「……さんが、やられたー」と叫ぶ声、頭から血を流してして抱え込まれた父親の姿、家じゅう大騒ぎになったことを覚えている。不思議なことに5歳の私は怖いとか悲しいとかの感情がなく心配もしていなかった。当時の家庭状況を含めた経緯は「生い立ち」に書いたのでここでは省略する。

事件をきっかけに父親は姿をくらまし母子はどん底に落ちた。その後母は3人の子を連れて再婚した。3年後の私は渋谷の焼け跡に建つバラックに家族6人で住んでいた。ある日学校から帰ると6畳大のあばら家に人の気配が無かった。小屋には窓が無く昼でも薄暗い。布団を被って寝ている人が居るようだ。暗闇に目が慣れてくると、その人は頭も顔も包帯でぐるぐる巻きだ。白い包帯に血が滲んでいる。直感的に養父と思った。

8歳になった私の反応は、5歳の時とは全く違っていた。既に世間のことも生活のことも分かっている。声をかけるどころか不安で近づくことも出来なかった。事態を知ることさえ恐ろしい。外に出て当てもなく歩き回った。ギリギリの生活をしていたので、明日から食えなくなると不安に駆られていたのだ。この辺りの事情は「ゴミで財産を築いた人」に書いたのでここでは省略する。

5歳の事件体験については今でも覚えているが、感情を伴わないので精神的ダメージは無い。不安な未来でも知らなければ平静でいられる。間もなく78歳になる私も先のことは何も分からない。「知らぬが仏」の心境でで楽しく幸せに暮らしている。命に限りがあることは分かるが実感がない。都合の悪いものが見えなくなって来た。困ったものだ。
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posted by 中波三郎 at 08:28| Comment(0) | 幼児時代