2019年05月25日

水に流して欲しいのに

午後の散歩から帰ると、二人の見知らぬ作業員が来ていた。下の階で水漏れがしたので調べに来ていると言った。管理人から事前連絡がないので、テレビ報道でよくある不要工事詐欺かと思った。水漏れ調査は壁の中を観るカメラまで使って入念に行われた。

結局、漏水箇所は不明で調査は翌日まで続くことになった。その日は私が所属するシニア団体の交流会があり出席する予定だ。調査に立ち会う必要もないだろうと思ったが、これが大間違い。この問題はかなり複雑だった。

家では調査中だが全てを忘れて交流会を楽しむことにした。しかし気になって仕方がない。話題はなぜか漏水事故になってしまう。交流会に相応しくないから口にしない方がいいだろう。そうは思っても階下の水漏れが気になり上の空。

何時の間にか回転テーブルから料理をとるためのフォーrクを使って食べていた。気が付いてフォークを取りに行ったのはいいのだが、懐かしい人に会ったので少し話し込んでしまった。皆さんをお待たせして申し訳ないことをした。心ここにあらずの状態は続く。

水漏れ調査が気になる。壁に穴をあけて中の写真を胃カメラみたいのを使って調べていた。10時間もかかっても水漏れ箇所は不明。今頃二日目の調査に入っているはずだ。そう思うとビールを飲んだ赤い顔しては帰れない。オレンジジュースに切り替えた。

会場では何時も面白い話をしてくれるゲストの先生が、要請に応じて、為になる話をしてくれている。私たちは生まれただけで奇跡と話していた。そう思うと隣の人も奇跡の人に見えて来た。とにかく、さまざまなタイミングが重なり合った「奇跡」の結果だそうだ。人間は奇跡で始まり、終わったら鬼籍なんだ。覚えがないのに起こる水漏れも奇跡かも知れない。

話を聞いていても、水漏れが気にかかる。調査は延々と続きそうだが、費用は誰が払うのだろうか。調査員の人数は延べ6名、しかも残業付きだ。半端じゃないと思う。普通、依頼した人が費用を持つのだが、私から依頼はしていない。調査すると言うので協力しただけ。水漏れ箇所は10時間調べても分からない。延々と続くかも知れない。

会場ではビンゴが始まり番号の照合に専念した。しばらくするとビンゴになり賞品を取りにいった。係りの人がそれぞれ紙袋を持って立っていて、好きなものを取って下さいと言った。適当な紙袋を取ろうとすると、この中から取ってと言われて見ると沢山の小袋が入っていた。やっとその中の一つと理解した。今日は何をやっても上の空。水漏れ問題は何処にいても頭から離れない。いい加減に水に流したいのに。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 後期高齢(75歳以上)

2019年05月18日

Dさんがうるさい

不思議なことに、子供の時の方が死を身近に感じ怖かった。高齢になったら余り考えなくなった。この傾向は年を重ねるにしたがって強くなった。今は何事も起こらないような気がして呑気に暮らしている。だから何の覚悟もしていない。子供どころか幼児と同じだ。そう思うと、何だか国からオッパイをもらって生きているような気がしてきた。

家では誰かさん(以下、Dさん)の尻の下でぬくぬくと、何不自由なく暮らしている。こんなことで良い筈がない。何時かとんでもない試練に遭うだろう。そういえば最近は水を飲みそこなって息がつまり、呼吸ができなくなったことがある。

このままでは死んでしまうと大騒ぎ、先ず咳き込む真似をしたが上手く行かないので、大声を出して怒鳴ったりしてみた。空気を通すつもりだったが、Dさんがビックリした飛び込んできた。のたうち回ったら息が出来てホッとした。時間薬が効いたのかも知れない。

これで一安心だが、病院で診てもらえとDさんがうるさい。念のため耳鼻咽喉科で検査したら、異常なし。「息が出来ないと思ったら、鼻で少しずつ吸い込んでみなさい」と助言してくれた。次に息が出来なくなった時やってみると、息が少しずつ通った。大成功!

また食事中に突然、息が出来なくなった。Dさんは背中を叩こうとする。それを制して、ジッとして静かに鼻で空気を吸う、しばらくすると正常に戻った。非常時の対処法が分かったので、一件落着。しかし、Dさんは病院に行って診てもらえと言う。

何回も言われて面倒なので、以前に行った病院とは違う耳鼻咽喉科に行った。セカンドオピニオンで、この問題を打ち止めにしてもらうためである。予想通りここでも検査は合格、「フラツキがあるようなら神経内科で診てもらいなさい」と言ってくれた。黙っていればよかったのに、バカな私はそのまま報告。今度は神経内科に行けと、Dさんがうるさい。

私は78歳と6ヵ月、体は少しずつ壊れて行くものと思っている。少しずつがいいのだ。急に壊れて欲しくない。壊れるに従い、少しずつ寝る時間が多くなり、目が覚めなくなったらお仕舞と考えている。しかし、Dさんは病院に行って治してもらえと言う。治ればいいのだが難しいと思う。こんな私を治すには不老長寿の薬が必要だから。

「Dさんって誰?」
「誰かさんです」
「誰かさんって誰?」
「Dさんです」
「そりゃそうだよね」
Dさんは大抵のことには頷いてくれるのに、病院に行けとうるさい。

毎週土曜更新、またの訪問をお待ちしています!
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 後期高齢(75歳以上)

2019年05月11日

私の一番長い日(後編)

私の入院第一夜は素晴らしい個室で始まった。酸素吸入の可能性があると言うことで個室が割り当てられたのだ。病状は特に息苦しくもないので嬉しかった。午前の点滴が終わると、妻に持ってこさせたパソコン等の荷物を使いやすいようにセッティングした。

身体はきつかったが、こうしていると夢がドンドン膨らんできて楽しい。まるでホテルにカンヅメにされた締め切り前の人気作家のような気分だ。すっかり空想モードに入ってしまった。ドアをノックする音が聞こえる。「おやっ、編集者かな?」と、一瞬の勘違い。

先ほどの看護師さんだ。言いにくそうに、アレコレ話していたが、けっきょくは「酸素が必要な人が来たので、直ぐに出て欲しい」と、いうことだ。何たることだ! 太鼓判を押したばかりではないか。しかし、命に関わることに変更はあり得ない。諦めるより仕方がなかった。

夢はあえなく萎み、忙しさに拍車がかかった。とにかく移動準備だ。広い個室に散らばった荷物を一ヶ所にまとめると、昼食の時間もない。食欲もないけれど、なんとも忙しくてやりきれない。大急ぎで6人部屋へ移ったが疲れ切ってヘトヘトだ。

増えてしまった荷物でベッドのまわりは足の踏み場もない。ともかく、隣の人に挨拶をした、「はじめまして、よろしくお願いします」と簡単にすますと、
「宍戸譲二です。84歳です」と、丁寧に応じられたのでやり直し。
「中波三郎。67歳です。風邪をひいてこの病院に来たら検査して、即入院となりました」
「そうですかぁ。お客さん少ないからね〜」
「……?」

昨日の院長先生のセリフ、「直ぐに入院。外出はいいよ」を思い出した。肺炎と言って見せてくれたあのCT写真の白い影は、加工したのだろうか。画像処理ソフトの「ぼかしツール」を使えば私でも出来る。一瞬、こんな疑問が頭をよぎった。

もうクタクタのヘトヘトだ。午後の点滴をしながら眠ってしまった。目が覚めると17時。入院しても忙しいのに、点滴の落ちる速度がやけに遅い。20時からは地元のFMラジオに出なければならない。時間が気になってイライラした。

胸もムカムカした。点滴が終わると18時になってしまった。食欲が全くないのだ。食後の薬の為、少しだけ食べてみたが味が無い。砂を噛むよなとは、こんなことかと思った。とにかく、地下鉄中島公園駅から地下鉄に乗って、放送30分前の19時30分までに円山のスタジオに行かなければならない。ケチな私はタクシーの利用を思いつかなかった。

やっとの思いで受け持ちの放送を終わらせて家に着くと22時、やることがいっぱいある。電話連絡は病院に帰ってからでも出来るが、メールはネットが使える今夜の内にしなければならない。とにかく破らなければならない約束が山ほどある。外出許可を受けているのに、時間がないと焦っている。判断力が鈍っているのだ。「入院するから行けない」とだけ書いて送るのが精一杯と思った。いろいろ気にはなるのだが疲れて寝込んでしまった。

目が覚めたら夜中の3時、とにかくメールを出さなければならない。なにぶん前触れ無しの入院だから簡単な説明が必要だろう。しかし、どこの誰に何を書くかがまとまらない。考える時間はないので、所属している団体500人宛てのメーリングリストに流してしまった。こうして長い長い一日が、日にちをまたいで終わった。

役目があって毎日のように出番と締め切りがある暮らしは有意義で楽しい。体内には義務感の虫とハシャギ過ぎの虫が同居している。普段は別々に動いているからいいのだが、義務感虫とハシャギ虫が一緒になって動くと大変だ。ハシャギ虫には理性がない。こんな時は倒れる。今はノンビリと穏やかに暮らすように心がけている。朝起きると気分は良好、幸せ感いっぱいだ。ただし腰と頭が痛くなくて咳が出なければね。
posted by 中波三郎 at 16:53| Comment(0) | 自由時代(61-74歳)