2022年10月29日

私たちの定年騒動

主婦に定年はない。それでいいのだろうか? 私はそうは思わない。それで思い切って「主婦の定年宣言」、結果は上々。しかし、そこまで行くのに紆余曲折はあった。

私の定年退職後しばらくして、妻のP子にも定年を言い渡した。妻にも定年があっていい筈だという、彼女の要望に応えたつもりだ。

「ご苦労さまでした。今日から貴女も定年です」
「じゃあ、アンタが家事をやってくれるんだね」
「やりません。私はすでに定年の身です」

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彼女は定年になって家事から解放される意味を理解していないようだ。共に家事から自由になることである。決して嫌な仕事を押し付け合うことではない。「じゃあ、誰がやるのさ!」と態度急変、えらい剣幕だ。私は何とか話し合いの糸口を見いだそうとした。

「我慢できなくなった方がやるというのはどうでしょう」
「… … 」
ふくれっ面の沈黙。話し合う気もないらしい。
「例えば、腹が空いた方がご飯をつくるとか…」
「ダメダメ、そんなの絶対だめ」
妥協点を探ろうとする私の努力は徒労に終わった。
「共同生活ですよ。貴女の思いどおりにはなりません!」
「… … … … … …  」
長い沈黙が怖いのでトーンを下げて反応を待つ。
「イコール・パートナーとして協力し合いましょう」
「協力協力って、一体アンタに何ができるの。何も出来ないくせに何がイコールよ。一人前のこと言うんじゃない!」

やはりキレてしまった。私がなだめ役になるより仕方がない。少し考えてみたらこんなことを思い出した。犬は序列の生き方をする動物で、上下関係により動くそうだ。人間だって動物には違いない。この線で説得することにした。

「いい方法を考えたので聞いてください」
「コンビニとか、コインランドリーの話なら聞かないよ」
「私があなたの家来になりましょう」
「家来?」
「何でも言うこと聞きますから気軽に命じてください」

P子は正直で単純な人だ。誰もが自分のような表裏のない人だと信じている。そして、自分が正しい主張をしたから私が分かってくれたと思ったようだ。表情が柔和になった。

それに彼女は「命じないと動かない部下」をもった経験がない。これがどんなにシンドイか分かってない。こうして「敗者なきウインウインの関係」が我が家の中で成立した。

「奥さんの命令をなんでも聞く? ヨボヨボになるまでこき使われてもいいのか」と、先輩は余計な心配。
「こき使いやしませんよ」
「それは甘い、家来になると言ったじゃないか」
「敵を知り己を知れば百戦危うからず……」
「どっちが皿を洗うかくらいのことで大げさだぞ」

在職中に、私は仕事P子は家事という習慣がで出来上がってしまった。P子の家事は身に付いた習慣だ。私に家事をさせようとしても、それは頭で考えたことに過ぎない。身体で覚えた習慣の方が頭で考えたことより強いのだ。一方、家でゴロゴロは私の身に付いた強い習慣、これも侮りがたい。

何でも気軽に命じてくださいと言ったところで、しばらくすれば頼むのが面倒になり、彼女が自分でやるに決まっている。こうして私はP子の家来になったが、殿様としての彼女は正直で情け深く、しかも自分で働く癖がついている。ズボラな家来としてはこんなに有難い殿様はいない。 

「主婦の定年はどうした?」
「あれは止めました」
「無責任だな。定年を言い渡したはずだろう」
「家来は殿様に従うだけです」
タグ:楽しい我家
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 自由時代(61-74歳)

2022年10月22日

3年ぶりのカラオケ

久しぶりに洋カラ(洋楽カラオケ)に参加したが、とても楽しかった。何となく歓迎されているような気がしたからだ。何故か、80過ぎたら自分にとって都合良く考えられるようになった。陰気な人から呑気な人に変わったようだ。

カラオケ会場は新しくて綺麗だった。装飾も洒落ていて、正面の壁全面がスクリーンになっている。オマケにソファーも座り心地が良い。ゆったりしたスペースがあり、自由に動けて居心地がよい。マイクも専用で使い回しがないのも有難い。新しい会場の印象はとても良かった。

久しぶりの洋カラだが、以前は男性が多かったのに、今回は女性7人、男性6人の参加だった。そして、以前に比べて華やかな感じがする。多分私が最高齢と思う。幅広いジャンルは変わらないが、新しい歌が多くなったような気がする。

こんなことを書いていたら、タイミング良く、所属するシニアネットのメーリングリストでカラオケについての投稿があった。参考のため抜粋させていただいた。

カラオケで歌う事で、脳の活性化や心身を安定させる。効果が医療機関で音楽療法として使われてるそうです。
歌う事で、口の中や周囲の筋肉が鍛えられ、誤飲防止になり、又ストレス発散に繫がり、免疫力UPに繫がる。
歌詞を暗唱し、人前で歌う事で、緊張感が増し、脳に刺激を与え、認知症防止に役立つようです。
「元気が出る・気分が晴れる・免疫力UPで認知症防止!」
Sシニアネットには「カラオケクラブ」があり、「心身ともに健康で、仲間と心の交流を深める」とあります。
(以上、SSNML、Oさんの投稿より抜粋)

そして、「皆さん参加しませんか」と結ばれている。私もそのような気持ちで65歳の時カラオケ会に参加した。80歳を過ぎたら、何が出来ないとか悩むのは止めた。仕事も苦手だったので人一倍一生懸命にやった。歌も苦手だが一生懸命歌えば楽しいし、自分の健康にも良いと感じている。聞き苦しくなければ幸いだが、果たして?

なぜ英語の歌を歌うのかと聞かれたことがある。下手なのに何故と言うことらしい。何にも答えられなかったが、ブログには書ける。英語が好きだからである。好きだけど日常会話もできないので歌っている。どんな形であれ好きならば口にしたいものだ。

私は好きなのに出来ない人。そのような存在を世間は認めないと思う。ファイターズが大好きと言いながらキャッチボールも出来ない人もいる。なぜ歌とか英語ではダメなのだ。何も分からないで楽しんでいる。 (^-^;) ゴメン

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いろいろあって家では歌えない。河川敷は広くて一人になれる場所だ。見通しがいいので周囲に人が居ないことも一眼で分かる。ここが私の専用ステージ。向こう岸を見ればダイサギが1羽。こちらを見ている、聴いているのかな?
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 80歳以降

2022年10月15日

トイレの神様

早いもので結婚して56年、夫婦二人暮らしになり25年、家の中で幸せを見つけて5年たった。長い間、幸せは外にあると思っていたが、内にもあることに気づいた。

もちろん、仕事の中で幸せを見つけられれば最高だが、仕事は苦手だった。だから、仕事以外で幸せを見つけようと出歩いていたが、何も見つからなかった。こんな風に、幸・不幸について考えていたら、30年ほど前のことを思い出した。

福岡で勤務していた頃だが、同僚の元気がない。ボソボソと次のように話してくれた。奥さんが亡くなった、調理師をしている娘さんが職場で大火傷をした。数日後、猫が車に轢かれて死んだと言って涙ぐんでいた。奥さんの死、娘さんの事故については淡々と話していたが、猫が死んだのが一番辛かったと嘆いていた。慰める言葉も見つからなかった。

妻への愛、娘への愛、猫への愛、それぞれの愛は深さが違うようだ。ところで、我が家の愛は意外な所にあった。トイレが近いので溢れるほどの愛を注いでもらっている。

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便座を開けて立って用を足す。毎回「愛」を見ながら放水している。ところが、書いてくれた人は後ろ向きに座って用を足す。見えるのはドアだけだ。私だけの為に飾ったのだろうか。いずれにしろ有難い話だ。

コロナ禍と癌の手術と治療で巣ごもり3年になると、こんなことでも幸せを感じるようになる。これはホンの一例で、自分の生き方を変えたのが幸せ感の土台になったと考える。と言っても誉められた話ではない、自分の身体が弱ってきて人に頼るようになったのだ。

幸せは感謝する心から始まった。感謝は相手に伝わって私に返ってくることを知った。私は仕事が苦手だから家の仕事(家事)も苦手だ。自分が苦手なことをしてくれる人に感謝した。喜んでやってくれれば更に感謝は深まる。

二人企業の社長の気分になって、仕事(家事)をする人に感謝して褒める。そして、苦情を言ってくれるように促す。その仕事が大変ならば、私が代わりましょうとも言った。自分は凄くズルイと思う。仕事を代われとは言われないことを知りながら、代わると言っている。

小さな用を足すごとに、目の前の書が目に入る。トイレの「愛」を私への愛と思っている。気がつけば、自分に都合のいい方に思い込む人になっていた。神が私を生き易い人に変えてくれたのかも知れない。
タグ:楽しい我家
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 人生全般

2022年10月08日

代行さん

定年退職8年後、シルバー人材センターの紹介で近くの小学校で休日の日直アルバイトをすることになった。小学校の玄関は鍵が掛かっていたのでインターフォンを押した。

「はい、職員室です」
「学校管理で働くことになった中波です」
「はっ?」と言ったきり少し沈黙、周囲の人に何か聞いている気配がする。
「代行さんですね。どうぞ」

なるほど代行さんか、自分の仕事が現場で何と呼ばれているか分からせてもらった。シルバーセンターの仕事分野には学校管理と書いてあったので、そう告げたが通じなかった。その後、センターでの呼称は「学校日直」と改められた。
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日直代行の仕事はインターフォンで玄関の出入をチェックしたり、校内を巡回したり、休日の警備員みたいな役目もある。テレビドラマなら警備員が殺される場面から始まるが、私が体験したのはホンの小さな誤解から生じた極めて小さな出来事。それでも心に傷がついた。

「代行さん。変な音がするでしょ、調べてくれない」
年配の先生はイライラしている。短い曲の繰り返しのような音だ。先生はインターフォンを指差しながら言っている。常勤の先生が分からないことを日直代行に分かる筈がない。

「はい、分かりました」と、言ったところで、何を調べるか検討もつかない。それでも、じっと座っているより、その場を離れた方が気が楽だ。しばらく散歩してから職員室に帰り、「変ですね〜。後で教頭先生に報告します」と言って、一件落着のつもりだった。

パソコンで作業している年配先生の机に携帯が置いてあるのが目に入った。ふと、あることが気になったが、まさかそんなことがあるまいと心の中で打ち消した。しばらくすると、先ほどと同じ「着メロ」のような音が、また聞こえてきた。

年配先生は誰に言うでもなく「また、変な音がしてる。いやになっちゃうね。忙しいのに」。大きな声でつぶやくが、顔がこっちを向いている。暗に、もう一度調べろと促している。少々うんざりしたが、先ほどと違って、今度は若い先生も職員室にいた。忙しいのか、休日でも次々にやってくる。

若先生は「パソコンではないですか」と言いながら年配先生の机に近づくと「アラ!携帯じゃない。着メロですよ」と言った。それは私が言いたくても言えなかった一言だった。当たり前すぎて口には出せなかったのだ。

年配先生は携帯を取ると「ごめんなさい。気がつかなくて」と見えない相手に向って、ぺこぺこしながら、電話に出なかったことを詫びていた。「変な音」が鳴るたびに、調べてと促した年配先生だが、原因が自分の携帯と分かると、とたんに「代行さん」が見えなくなったようだ。
タグ:札幌
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 自由時代(61-74歳)

2022年10月01日

Whyが大好き

下手な癖に駄文を書き続けている。もちろん、読者は少ないけれど幾らかの方々は読み続けてくれている。自己満足だが、「何時、何処で、誰が、何を」という事実から「何故?」を見つけるのが楽しい。文章の勉強は大切だが、頭がコチコチでできない。諦める部分はスパッと諦める。

いくら若気の至りとは言え、こんなことをした私は愚か者。そして、40年後にことの顛末を書いて喜んでいる、底知れない愚か者である。今の私は処方され沢山の薬を飲んで生き長らえている。この中にバカに付ける薬も入っていればいいのだが、無くても結構楽しく幸せに暮らしている。
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ところで、24歳のとき私がしでかした愚かなこととは、次のような事実だった。私はA子に手紙を忍ばせた菓子折りをあげた。A子は菓子折りを丸ごとB子にあげてしまった。B子は菓子だけを食べて手紙を私に返した。私は何故かB子に結婚したいと言った。B子は直ちに断り、後にC子を紹介してくれた。C子と動物園で会う約束をしたが来なかった。三日後、C子から交際お断りの手紙が来た。

何のことかサッパリ分からないと思う。この事実は144字だが、体験を「手紙」というタイトルで書いたら2954字に膨らんだ。事実から何故、何故と、Whyがいっぱい見つかって楽しくなってしまったのだ。
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このブログ「空白の22年間」は自分自身の楽しみと自己紹介のつもりで書いている。人物等仮称も多いいが、できる限りの真実を書いているつもりだ。真実とは事実に対する偽りのない解釈であり、人の数だけ真実はある。しかし、正直に書くように心がけている。

事実を書くなら新聞記事の書き方が参考になる。つまり5W1Hの原則に準じて書けばよい。具体的には、いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、何を(What)、なぜ(Why)、どうやって(How)である。私のように老後はのんびり暮らしたいと思っている人には絶対に書けない。差し障りが多すぎるのだ。

この中で一番書きたくないのがWho、人物が特定し易くなるWhereもなるべく避けている。出来るだけ正確に書いているのが背景となる時代、Whenである。何を(What)、なぜ(Why)、どうやって(How)だけを楽しんで書いている。中でも大好きなのはWhy、感じてもらえれば有難いが無理と思う。一人でWhyWhy、ワイワイ言って楽しんでいる。
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タグ:国内某所
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 定職時代(24-60歳)