私の定年退職時、息子はすでに独立していたのでD子(妻)と二人暮らしになってしまった。退職当初は二人の間に、争いも摩擦もあったが、いつの間にか収まってしまった。特に話し合った訳ではなく少し工夫をしただけだった。
不機嫌な顔はあまり見たくないので、自室にこもり問題点を整理してみたら、一つのことが分かった。それはD子は家庭という職場の大先輩で自分は新人だということである。
私が外で働いている間に、D子は我が家に根を張ってしまったのだ。30年以上かけて張った根は深く隅々まで行き渡っている。根無しの私に勝てる見込みはない。
そこで大先輩をたてる新人になる決心をした。凝り性の私はその程度では満足せず、絶対服従の家来になった。家来だから自分の意見は口にしないで、命令を聞くだけである。
D子の命令は実に少ない。何もない日もあるので、私の仕事は一日平均30分くらいだ。お陰で自由時間はタップリある。毎日、心置きなく好きなことが出来るのだ。
家事のほとんどを自分の仕事として引受けてくれるので、感謝の言葉も自然に私の口から出る。これが笑顔の好循環の始まりとなり、穏やかで楽しい暮らしが続いている。
それでも会話がある以上は、行き違いもあり喧嘩になりそうなこともある。そんな時は直ちに謝る。これが「負けるが勝ち」の戦術。短期決戦は苦手なので出来るだけ早く手を挙げて損害を最小限に止める作戦である。
長い間一緒に暮らして分かったのはD子が裏表が無い正直な人であること。正直な人は自分も正直と思っている。そして、正直こそ一番大切と思っているのだから始末が悪い。正直なD子は自分が間違っていても気付かない。悪いのは自分ではなく私と決めつける。これが厄介なのだ。凄く強情で手が付けられない。
一方、私には人並みの裏表があるからD子には信頼されていない様だ。私が家来になったのはこの疑いを晴らす為だ。家来は何でも殿様の言う通りに実行する。これを繰り返すことにより信頼を得ることにした。しかし、家来と言っても何となくしっくりしない。働きが少なすぎて違和感を拭えないのだ。こんなことでは胸を張って家来とは言えない。
ピッタシの関係を思いついた、それは母子である。D子がお母さんで私は子、年齢を除けばこの関係が一番自然で心地よい。それに、私だって中学生並みの手伝いはしている。そして、子供の仕事は勉強である。
このブログを書くのは国語の勉強。洋楽カラオケは音楽と英語の二刀流、毎日の散歩と週一のリハビリは保健体育だ。勉強の目的は認知症対策、80代を生き抜くためには重要な課題である。こんな風に大義名分も見つけた。ただの子供じゃないんだよ。エッヘン(・`ω´・)