2017年02月11日

得体の知れない人々

「得体の知れないとは何だ?」と先輩。
「なんだか正体が分からないのです」
「幽霊か?」
「毎朝来るんですよ」
「なんだと?」
「歯を磨きにくるんです。得体の知れない人たちが」

戦争で急減した渋谷区の人口だが終戦後は急激に増加した。一説には戦後1年間で渋谷区の人口は2倍になったと言う。学童集団疎開、縁故疎開、海外からの復員と引揚者が渋谷に続々と帰って来たのだ。その他に私たちの様な家族再編組もいる。戦争で夫や妻を失った人たちの再婚である。何とかなるだろうと思って来る人もいた。

先ず、昔から地域に住む人たちが、とりあえずの寝場所として自分の土地に仮小屋を建てた。焼け残った廃材で建てた仮小屋である。住まいと言うには余りにもお粗末なのでバラックと呼んでいた。そして終戦後1年くらいたつと、私が住む金王町(現渋谷二丁目)にも得体の知れない人々がやってきた。

激しい空襲にもかかわらず地中に埋まっている水道管は生き残った。バラックは家を建てるまでの仮住まいだから水道を引かない。近所の人が一つの蛇口を共同で使っていた。蛇口の周りに主婦たちが洗い物を持って集まるので井戸端会議の場にもなった。同じ蛇口を使う人はごく自然に親しくなって行く。焼跡では水道から付き合いが始まるのだ。

ある日、見知らぬ若い男が共用水道に現れた。背が高くて男前、俳優の大町と名乗っていた。後になっての話だが大町さんは映画「七人の侍」に出ていたそうだ。戦う農民の役でちょこっと写っていたようだ。その後、次々と得体の知れない人物が我家の裏に移住してきた。オカマの青山さん、名前の分からない学生と若い女性、満州帰りで50代の満子さん等だ。そして、もっとも印象深い安藤親子、輝造と裕次もやって来た。年が近い裕次とは直ぐに友達になった。裕次の父は無口だが物静かな礼儀正しい人だった。

今までは私たち母子4人だけがよそ者だったが、こうして我がバラックの裏によそ者部落が出来てしまった。10人足らずの人たちだが10坪に満たない土地に小屋を建て、重なるようにして住んで居た。地域の人たちと付き合うことはなかったが、よそ者と言う共通点がある母は別だ。一部の人たちと親しくしていたようだ。

ここで地域の結びつきがいかに強いかを示す一つのエピソードを紹介する。少し長くなるので興味のない方は飛ばしても差支えない。
養父の中波常吉は、ご近所さんから経師屋の常ちゃんと呼ばれていた。戦前から地域に根を張った住人である。金王八幡宮近くの渋谷区金王町にある地元町内会は戦災で御神輿を失った。復興を願って地域の人が協力して御神輿を作ることにした。建具屋と大工が中心だが町内すべての人が持てる技術と力を合わせて新しく作ることにしたのだ。例えばブリキ屋が鳳凰の形を作りペンキ屋が綺麗に塗った。ところが経師屋の常ちゃんの出番がない。それで御神輿に小さな障子を作り、常ちゃんに障子紙を貼らせた。町内会は全員参加で作ることに拘ったのだ。町内皆助け合って暮らして居た。戦災で全てを失った人々は助け合わなければ生きて行けないのだ。こんな状況だからよそ者と地域住民が付き合うことはない。よそ者部落の人たちは住所不定、そもそも町内会に入る資格がない。

得体の知れない人で母とお喋りする人が二人居た。満州から引き揚げて来た満子さんと青山さんである。満子さんは「私はオッパイが無いんだよ」といって服を脱いで見せてくれた。胸に大きな傷があるので凄いなと思った。青山さんは顔が大きく赤ら顔、どう見てもオジサンなのに言葉づかいと仕草が女なのようなので気持ちが悪かった。母の前で泣きながら何かを訴えていたのを見たことがある。一見すると女々しい人だが状況によっては態度をガラリと変える怖い人だった。

裕次は私の一つ下だから直ぐに親しくなった。父は瓦屋だそうだ。親子で寝るだけのスペースしかない小さな小屋に住んで居た。床下は瓦で満杯だった。所帯道具は見当たらなかった。食事は外食だと言っていた。当時としては極めて贅沢なことだ。私はもちろん、ほとんどの子供は街の食堂などには一度も行ったことはない。瓦屋って儲かるのだなと思った。裕次は東京で初めて友達になった子である。

「裕次は私にとって忘れられない人になりました」
「親友にでもなったのか」
「その場限りの遊び友達です」
「忘れられない人なんだろう」
「困っている時に助けてくれた訳でもありません」
「それなのに何で?」
「ある日、お父さんが新聞にデカデカと顔写真入りで出たのです。ビックリしましたね」
「瓦屋さんは仮の姿、……」
「当たり! 実はホニャララなのです。次回に書きますね」

毎週土曜更新、またの訪問をお待ちしています!
タグ:渋谷
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 幼児時代
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