2017年03月04日

米兵に捕まり叩かれる

「先輩はアメリカ人に叩かれたことがありますか」
「ない。 二つも若いんだから先輩と言うな
「仕事では先輩だからいいでしょ。私はあるんですよ」
「屁理屈ばかり言ってるからだ」
「英語で屁理屈言えませんが……」
「顔を見れば分かるんだよ」
「なぜ叩かれたか知りたくないですか」
「ない。興味ない。聞きたくもない」

多分皆さんも先輩と同意見と思う。だけど私は話したい。例えば山で熊と出会い上手く逃げたら話したくなるだろう。私にとってはそれと同じくらいの大事件である。しかも覗きをしていたのは大ちゃんなのに、何も知らずに星を見ていた私が米兵に捕まったのだ。こんな理不尽なことはないから話して気を晴らしたいのだ。

「金王クレインズ」とはペンキ屋の大ちゃんをガキ大将とする10名くらいのグループだ。全員が金王町に住む渋谷区立常磐松小学校の生徒である。学校へ行くのも遊ぶのも一緒だった。大ちゃんは6年生だがペンキ屋の息子と言うよりも一端のペンキ屋気取りである。当時の子供たちは皆家の仕事をしていた。6年生ともなれば立派な働き手になる。

仕事が出来る大ちゃんは自分を子供とは思っていない。建築現場に行けば職人から面白い話を聞く機会もある。聞けば興味もわいて来る。仕事だけでなく悪いことも覚えて来るのだ。年の割にませた少年になったとしても不思議ではない。

多分小学1年の頃だと思う。その頃は何時も二人の兄の後を金魚の糞みたいにくっついて歩いていた。一応、クレインズの一員のつもりだったのだ。ある夕暮れ時、クレインズは冒険に行くことになった。何処に行くのか分からないままついて行った。着いた所は渋谷駅から徒歩10分くらいの位置にある美竹公園だった。公園といっても草木だけで何もない。近くに建築中の渋谷小学校があるだけである。

美竹公園は梨本宮家跡地の近くにあったと記憶している。梨本宮家の約二万坪は大空襲で焼き尽くされた。戦後は宮様が戦犯で逮捕され宮邸は草ぼうぼうの荒れ放題だった。子供たちにとって絶好の冒険広場だ。そこで遊んでいたら怪しげな男が現れて「お前達見たことないだろう」と言って拳銃を見せてくれたこともある。否が応でも子ども達の冒険心を刺激する場所だ。ともかく夕食後にその辺を目指して出発した。

建築中の小学校付近に着くと大ちゃんは「お前たちはここで待っていろ。俺たちは偵察に行ってくる」と言って6年生と二人で薄暗い草むらの中に入って行った。私たち三兄弟は草むらに寝ころんで星を見ていた。狭いバラックに5人も一緒に居ると嫌になる。外に出るだけで気分はいい。なぜか子供の夜遊びは親にも歓迎されていた。

ノンビリ寝ころんでいると遠くの方から女性の声が聞こえる。続いて英語の怒鳴り声が闇に響いた。男の声なのでビックリして起き上がった。大ちゃんが走って来た。「逃げろー逃げろー、見つかったー、逃げろー」と叫びながら全速力で走って来た。兄達は私にかまわず一目散に逃げてしまった。もちろん、大ちゃんは先頭を切って逃げている。

大ちゃんは登校グループのガキ大将だが、6年生だから年功序列でなったのだ。力でその地位を勝ち取ったガキ大将ほど強くない。遊び場を巡って他のグループと対決すると、何時も脅かされて譲ってしまう。そのくせ後で必ず悔し泣きをする情けない大将だった。それでも皆で一緒に学校に行く仲だから卒業まではガキ大将だ。

ビール瓶が飛んで来た、石も飛んできたし棒も飛んできた。皆いっせいに走り出した。私も走った。恐怖心に駆られて懸命に走っていると、突然身体が宙に浮いたように感じた。後のことは何も覚えていない。ただ、お尻をパンパンと何回か叩かれたことだけは覚えている。何で逃げるのか、さっぱり分からないまま逃げて捕まった。顧みれば子供の頃からノロマで愚かだった。

ところで、近所の子供たちは夕飯後は外に出て路地や空き地に集まってお喋りするのを楽しみにしていた。横浜から移住した二人の兄は共通の話題もなくニコニコしながら聞いているだけだ。その兄にくっついている私は推して知るべし、ただそこに居るだけだ。

世の中、何が幸いするか分からない。この「米兵お尻パンパン事件」以降は状況が変わった。捕まって叩かれたのは私だけ。この話題では最年少の私が、突然ヒーローになったのだ。少なくとも私はそう感じた。一人前になった様な気がして嬉しかった。

必死になって暗がりを走っているのに、何でビール瓶と石と棒が飛んで来たことが分かるのか? 実は上級生の一人が建築中の渋谷小学校に隠れ、私を見守ってくれていたのだ。釈放された私が月明かりの中で呆然としていると、彼が後ろから来て「おい大丈夫か」と声をかけてくれた。大ちゃんよりしっかりした少年だが5年生だった。

心配して一部始終を見ていてくれたのだ。私の記憶は彼の話に基づく部分が大きい。この話は子供たちが夕食後に集まって話す時、何回も話題になった。私が覚えていたのは走っていたら突然宙に浮き、尻をパンパンパン叩かれたことだけ。足りない部分は皆で付け足してくれたのだ。そして私の記憶として、脳の片隅に今でも格納されている。

「なんで親が子供の夜遊びを止めないんだ」
と、焼け跡の異常な暮らしを知らない先輩は怒っている。
「家が狭いからです。ウチは6畳に5人もですよ。時には子供は邪魔ですね」
「夜遊びは不良化のもとだぞ」
「でも親は喜んでいます」
「なんだと?」
「その時代はベビーブームで妹も生まれました。これ以上は申し上げられません」


     蛇足:ある日アメリカから手紙が来た。
前略
私はタラワ、テニアン、サイパンと転戦してきたので虫には強い。デートはホテルより草むらが好きだ。マリに愛を囁いているとガサガサゴソゴソ音がする。
状況を探ると草むらの中で覗いている奴が居た。無礼ではないか。許せない。追いかけて捕まえてみたが泣けてきた。子供が痩せてガリガリじゃないか。
私は啄木のファンだ。思わず一首よんでしまった。
追いかけて捕らえてみたが そのあまり軽きに泣きて お尻パンパン
興奮して忘れていたが今度会ったらチョコレート上げよう。
G.I.ジョー
     すみません、私の作り話です。

毎週土曜更新、またの訪問をお待ちしています!
タグ:渋谷
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 幼児時代
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