2017年07月22日

親子はつらいよ

何の取り柄もないないが運だけは強い。振り返ってみれば人並みにいろいろあったけれど、運よく乗り越えられた。一方、自分の意志で企画実行し成功したことは一つしかない。それは定年後の絶え間ない喧嘩に終止符を打ち、我が家に平和をもたらした事である。計画通りにことは運び大成功と思っていたが、なぜかスッキリしない。

私は東京渋谷区青山の焼跡育ち、米軍の空襲で渋谷区の77%が焼け野原になった。食うや食わずの人々の暮らしは悲惨を極めた。共通の願いは楽をすることだった。そして今、私は楽をしている。夢は現実となったのだ。だが定年退職をして無職になり、いきなり楽になった訳ではない。家に根を張った抵抗勢力がドンと構えていたのだ。老妻もまた、更に楽が出来ると期待していた様だ。

「定年おめでとう。やっと夢が叶ったね」
「お陰様で無事に定年を迎えました。今まで有難うございました」
「これからは家事も半分ずつにしよう」
「そうですね」

とは言ったものの内心は穏やかでなかった。慣れないことをやるのは苦行だ。それに私のやり方を気に入るはずがない。なんやかやとイチャモンをつけられるに決まっている。

その後の10年は悲惨だった。何をするにも意見が合わずケンカをしては負かされていた。私が筋道を立てて説明しても「悪いのはアンタだ。私は悪くない」と一蹴される。説明しては一蹴、説明しては一蹴を繰り返す10年だった。頭の回転が鈍い私は立ち止まって考えた。そして私ばかりが苦労する争いは止めることにした。

外では控えめだが家の中では千人力。こんなモンスターがウサギ小屋の中で粛々と育っていたとは夢にも思わなかった。人間は自由で平等と信じていた私がバカだった。二人だけの世界は弱肉強食の世界だったのだ。しかし徹底的に困れば知恵が出る。何年か真剣に考えていたら好いことを思いついた。子供になれば良いのだ。子供は働かなくても飯が食える。洗濯も掃除もしてもらえる。凄く楽だ。

さっそく老妻をお母さんと呼ぶことにした。何事も形から入らなければいけない。私は良い子になる決心をした。親が考える良い子とは親に逆わない子だ。次は挨拶だな。おはようございます、頂きます、ご馳走様、おやすみなさいを励行した。やる時は徹底的にやるのが好きだ。3年くらいかかったが全てを完璧にマスターして良い子になった。

苦節10年、私は良い子になり老妻を優しいお母さんに作りかえることに成功した。小さい頃からの夢が叶いのんびりと暮らしている。子供は何もしなくていいのだから楽だ。お母さんに家事一切を任せ、毎日自室にこもり勉強をした。子供の仕事は勉強だからね。

実は勉強は嫌いなのだ。代わりにジョークのブログを書いたり、中島公園のウェブサイトの更新をしている。時間つぶしの趣味をやってるだけだが、机に向かう姿は勉強に似ている。「ご飯だよ」と声がかかると「今行きます。有難うございます」と返事をする。ここがホンモノの子供とは違うところだ。亀の甲より年の功である。

年をとっても家事をするお母さんは大変だと思う。だから感謝の気持ちが口先だけでなく、身体全体から溢れ出て来る。それをお母さんが見逃すはずがない。お母さんは益々優しくなり私の感謝は深まるばかりだ。好循環が更に好循環を生み全てが上手く行った。行きすぎて気味が悪い。こんな時はそれとなく探りを入れる。

「私は貴女の夫なのにお母さんと呼ぶのは変ですよね」
「別に変じゃあないよ」
「好かった。なんか気になっていたのです」
「気にすることないじゃない」
「いつも優しいお母さんで居てくれて有難う」
「何言っても分からないから諦めたんだよ。屁理屈聞くのも面倒だしね」
「でもお母さんと呼んでいいのでしょう」
「正ちゃんの母親だからお母さんでいいんだよ」
「正ちゃんはもう直ぐ50歳ですよ。子供という年ではないですね」
「それでいいの。幾つになっても子供は子供」
「そうですか。それを聞いて安心しました。私も子供のままでいいのですね。お母さん」
「パカ言ってんじゃないよ! アンタなんかもう直ぐ80のジジイじゃないか」

毎週土曜更新、またの訪問をお待ちしています!
タグ:札幌
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(5) | 高齢時代
この記事へのコメント
いや〜〜良いですね。
とても面白い。何時もそう思って読んでますが、今回はとても面白いです(拍手)
Posted by コマクサ at 2017年07月22日 10:44
何時も面白い記事ありがとう!
今回はとても面白く拝読しました、拍手です。
Posted by コマクサ at 2017年07月22日 10:48
有難うございます。笑ってもらおうと思って書いているので、
面白いと言われるととても嬉しいです。
Posted by nakapa at 2017年07月22日 16:15
いつも楽しいお話をありがとうございます。
特に、『こんなモンスターがウサギ小屋の中で粛々と育っていたとは夢にも思わなかった』このくだりが面白く、思わず吹き出しそうになりました。何度読み返しても笑えますね。
Posted by zhivago at 2017年07月23日 11:08
zhivagoさん、コメント有難うございます。
人様に笑ってもらうのが好きですが口下手でジョークを言えません。
代わりに書いています。「笑っちゃった」と言ってもらえると嬉しいです。
Posted by nakapa at 2017年07月23日 16:07
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