2018年03月03日

闇屋の小父さん

私が十歳の頃は東京でもよく雪が降った。長靴を持っていないので下駄履きだ。雪道は滑りやすいので転んだら鼻緒が切れたりする。寒いのに下駄を脱いで裸足で歩くのは辛い。長靴は欲しいけれど買えない。そんなとき、我が家の事情をよく知っている近所の小父さんが「ウチで働いてみないか」と誘ってくれた。長靴が買えると思い嬉しくなった。

作業所では十人くらいが働いていた。私の仕事は、山積みにされた煙草の吸殻をほぐして煙草の葉と紙に分けること。ここでは吸殻と使用済みの空き箱を使って、紙巻煙草の再生産をしている。ちょっと怪しいが、ここで働ければお金をもらえる。

小父さんの仕事は列車清掃業、そして裏の仕事は闇屋。タバコ再製造はその一つである。作業所で簡単な指示をすると国鉄品川客車区に行く。一方、作業所の仕事は極めて単調だがら話しながらする。話題が小父さんのことに及ぶと、私は聞き耳をたてた。

「オヤジさんは監督が来ると急に威張るんだ。監督には揉み手でペコペコするのにね」
「分かるよ。俺も品川の列車掃除に行ってたからね。後でお前に謝ったろう」
「謝るどころか、ラッキーストライクくれたよ」

当時の若者の憧れはラッキーストライクを口にくわえ、ジッポーのライターで火をつけることだ。小父さんは作業員を怒鳴りつけて強いところを見せ、監督にはペコペコする。こんな見え透いたやり方でも、繰り返せば監督の信頼を得ることが出来る。強い男にペコペコされればオベンチャラと分かっていても気分がいいものだ。

次は賄賂だが、先ず「いいもの拾いました」とか言って、新品のアメリカ煙草を届ける。拾い物は次第に高価なものになり、最後は現金の賄賂。明るみに出れば事件になる程の金額だ。ここまでくれば鉄道員の監督は海千山千の小父さんの言いなりになる。例えば進駐軍専用列車のゴミは宝の山だが持ち出しても目をつぶる。

大人達の話を聞けば聞くほど小父さんが怖くなってきた。あれほど欲しかった長靴も諦めた。ところが小父さんは仕事を辞めた私に中古の長靴をくれた。彼は私自身の働きで長靴を買わせようとしたが、気が小さい私は期待に応えることができなかった。これは私が闇屋の採用試験に落ちたことを意味している。そして長靴を口止め料代わりにくれたのだ。小父さんのやることは全て行き届いていた。
タグ:渋谷
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 小学時代
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