2019年06月01日

インタビューの思い出

最近の新聞を読むと、JR札幌駅周辺の再開発が進み、北側が発展して南側が停滞しているように見える。ものは考えようで、札幌を南北に分けると、未来の北、歴史ある南が見えて来る。南側には古い建物も残されているし、多くの神社、寺がある。200万都市札幌が未来の街と歴史の街として、それぞれの特徴を生かして発展することを願っている。

ところで、在職中は真面目と思われていた。職場ではノロマで口の回らない人は嫌われる。チームワークだから当然だ。一方、仕事には決まりごとが山ほどあるから、よく知っている人も必要である。コロコロ変わる方式・規定類を覚えるのは大変なのだ。

ノロマの私は、規定類を真面目に覚えることで存在感を示そうとした。勉強と言っても、その場その場に必要なもので、将来役立つわけでもない。ホントに真面目は楽じゃない。だが9年間も職を転々として、やっと見つけた職は辞められない。ひたすら定年退職だけを楽しみにして懸命に働いた。退職して自由になると街を歩いているだけでも楽しかった。

「面白い所ありますよ」と若者が声をかけてくれた。
「買い物に行くところですから」
「〇〇〇、買いませんか?」
「牛乳を買いに行くんです」
「お乳も出ますよ」
幸せになった私は客引きにも真面目に応えた。実は近くに格安牛乳を売る店がある。

2003年にホームページ「中島パフェ」を開設した。その後、引っ込み思案の私が、「オレがオレが」に変わって行った。私は自由、もう引っ込む必要も思案することも無いのだ。そんな時代が10年続き、そこを頂点にしてホームページも自分も下り坂となる。

頂点気分で収録したのが札幌人図鑑、改めて聴くと恥ずかしいけれど懐かしい。滑舌も悪く口も回らないのに、臆面もなくよく喋ったものだ。当時は「中島公園教信者」の気持ちになっていた。喋れば喋るほど功徳になると信じていたのだ。愚かなりわが心。
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1.変遷を重ねた中島公園 2.中島パフェ物語 3.札幌市を縦軸と横軸で

インタビュアーの福津京子さんは冒頭で次のように紹介してくれた。「札幌人図鑑第200回で上田市長が話す『札幌の1年を大通公園で紹介できる・・』エピソードを聞き、札幌の街並を縦軸でも見て欲しいと語ります」。私が日頃から考えていることなので感謝!

収録の最初に札幌人図鑑の歌を福津さんと一緒に歌うのだが、短いとはいえ音痴の私が何とか歌えたのは所属するカラオケクラブのお陰と、これも感謝!


posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 自由時代(61-74歳)
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