2019年06月22日

泣き虫ガキ大将

小学2年くらいの時、ガキ大将はペンキ屋の息子、タケちゃんだった。メンバーは10人ぐらいと思うが、近所の小学生全員がタケちゃんの引率で学校に通っていた。放課後遊ぶのも一緒、そして小生意気なアオガクのガキどもを苛めるのも一緒だったのである。

アオガクとは青山学院初等部の生徒のこと。われわれ公立小学校生徒はヨレヨレでマチマチのボロ服なのに、彼らはパリッとした制服制帽姿だ。給食に焼きリンゴが出るそうだ。彼らの親は金持ちなのに、私らの親は職人と商人ばかりだ。オマケに私のような貧乏人も少なくない。地元の子供たちは羨ましさを吹き飛ばすはけ口を求めていた。

アオガクは颯爽とした制服姿で、我が町内を何の遠慮もなく通る。ただ通学しているだけだが地元の子供たちにはそう見える。だから苛めたのだ。「お前らここを何処の校区だと思っているんだ」とか言って因縁をつける。

渋谷区の学校では校区内で遊ぶように注意する。だから小学生は校区を自分の縄張りのように思っている。私立の学校には関係ないけれど、言いがかりだから正当な理由など必要がない。アオガクの生徒は物も言わずに逃げて行く、それを地元の子供が追いかける。少しだけ追いかけて喜んでいるだけで、決して暴力を振るったりはしない。

ある日突然状況が変わった。「お前らどこの校区……」とか言いかけると、「文句あるか!」とデカい声、見ると、ガキ大将のタケちゃんが押されて転がされ、仰向けになって倒れている。相手は今まで見たことがない、相撲取りみたいな体格のアオガク生徒だった。苛められた生徒が用心棒を頼んだに違いない。お金持ちには敵わない。以後、地元の子等はアオガク生徒に対する苛めを止めた。恐れおののいてしまったのだ。

苛めと言っても追いかけるだけで暴力を振るう訳ではない。仕返しと言っても押したら倒れただけだ。ただ力の差があり過ぎて悲惨な結果になってしまった。タケちゃんはシクシク泣いて立ち上がれなかった。彼は唯一の最上級生としてガキ大将となった。年功序列でなったのだから実力もなく意気地がない。それでもタケちゃんを中心にして行動していたから不思議だ。戦時中に空襲を警戒するために実施された集団登校の名残と思う。
タグ:渋谷
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 小学時代
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