2019年10月12日

アンタ暗いね

18年前、中島公園の近くに転居したころの体調は最悪だった。とにかくアチコチが痛い。整形外科に行っても埒が明かないので、マッサージ治療を受けることにした。担当のマッサージ師は目の不自由な若い人で、A子先生と呼ばれていた。腕は確かだが、とにかく よく喋り よく笑う。痛みの緩和が目的だったが、次第に通院が楽しみになって来た。

A子先生はマッサージをしながら、耳だけを傾けてくれそうな気がして、とても話しやすい。つい言わなくてもいいことまで言ってしまう。それに頭のマッサージはないから有難い。私がハゲとは気づかないだろう。思わず話が弾む、この日の話題は家庭の事情である。

「喧嘩したのね。それで、どうしたの?」とA子先生。
「自分の部屋に入って鍵をかけたんです」
「奥さんから逃げたのね」
「P子は攻めて来たりしません。ただ、中で何をやっているのか見られたくなかったのです」
「見られたくないって、何をさ?」

と問われ、ちょっと答えを躊躇した。患者は私一人だが、院長先生も、受付もいる。彼らには聞かれたくない。それで、小さな声でボゾボソと答えると。

「えっえ〜!パソコンで奥さんの悪口書いているって〜! あんた暗いね〜。アッハッ、ハッ、ハ〜、こんなくらい人見たことないよ」
「見えるんですか?」
「手に取るように見えますよ、アッハッ、ハッ、ハ〜」

やれやれ、私の名案もA子先生に豪快に笑い飛ばされた。これを聞いた受付の若い子は一体どう思っただろうか。会計するとき嫌でも顔を合わすから気になる。それにしても何と明るい先生だろう。目の不自由な方は暗いと思っていた私の偏見は吹っ飛んだ。

振り返ってみると、私が先生と同じくらい若かったころは暗かった。高齢になったにも関わらず、今の方が明るい気持ちで日々暮らしている。私自身の性格は変わってないのだから、人の気持ちが明るくなるも、暗くなるも、周囲の状況次第だと思う。

A子先生は目が不自由だが、家族とか友人から良い影響を受けて、明るくて積極的な性格に育ったのだと思う。愚かな私は、さっそく空想にふけった。もし、水も滴るいい男なら、精いっぱい愛嬌を振りまいて、周囲を幸せにしたいとかエトセトラ。

良い影響を与えられる人になった気分で空想をしたが、相変わらず不細工で暗い人のままだ。それなのに何故か楽しい。穏やかで静かな暮らしが性に合っているようだ。

もしはもし もしもよくても もしはもし いつまでももし もしのままゆく
タグ:札幌
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 自由時代(61-74歳)
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