2019年11月09日

身から出た錆

舞鶴地区病院での入院生活は、まだ14歳だった私にとって最高に幸せな1ヶ月だった。病気が治って健康になると言う希望を持てたからである。快復して退院したら全力で訓練に励み、更に強い身体にしようと心に決めていた。

ところが、1週間もしない内に悪ふざけが大好きなオッチョコチョイに戻ってしまった。屁をたれて同室の人笑われたら、わざと連続した屁を出して怒られたりした。気分が良くなると、受け狙いでバカなことをする悪い癖が出てしまったのだ。

誕生日が来ていない私は14歳、大人の中でただ一人の子供だった。屁で私を叱った人さえ、その後も優しく接してくれた。同室の人は仕事で大火傷をしたフリゲート艦の司厨員(飯炊き)、何故か毎日チンチンに包帯をしてもらっている優男、入隊前に横浜でバンドマンをしていた音楽隊員、この3人のことは何年たっても忘れない。

司厨員は船から上陸して喧嘩した話をよくするのだが優しそうな人だ。音楽隊員はバンドマンだった頃を懐かしみ、ステージに立つ興奮と喜びを楽しそうに話してくれた。優男とはへぼ将棋をして遊んだ。彼が席を外したすきに駒を動かすズルをしたら、ズルはいかんとネチネチタラタラ文句を言い続けた。悪ふざけを本気に捉えるとは大人げない。

後で優男が女学生三人と楽しそうに話しているのを見て腹が立った。悪い遊びで病気になりながら、国費で治療を受けているのが気に食わなかった。余裕が出来て来ると人のことにも批判的になるから不思議だ。細かい不満はあっても幸せな入院生活を楽しんでいた。

不幸は思わぬ方向からやって来た。看護婦さんは、凄く優しい人ばかりだが、Aさんだけは意地悪だった。不思議でならなかったが、その理由は後で分かった。彼女は私を苛めぬいたA教員の姉なのだ。病院でのハシャギぶりは、彼に筒抜けだった。入院したら別世界と思っていた私が間違っていた。姉弟は私のことを徹底的に嫌っていたと思う。

私は重い病気と思っていたので入隊後2ヵ月間、毎日が不安でならなかった。入院したら病気が治ると信じていたので、一挙に希望が溢れてきて、ハシャイデしまったのだ。

A教員とその姉から、仮病を使い医官を騙して入院に成功した、小狡い悪童と思われてしまった。内面の恐怖や希望は外からは見えない。自分の立場をわきまえて、一人静かに療養していれば、こんな誤解を受けなかったと思う。全ては身から出た錆びだ。
タグ:国内某所
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 転職時代(15-23歳)
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