ドラマに出て来る金貸しは血も涙もない冷血漢。しかしTさんは違う。何でも親身になって相談に乗ってくれる優しい人だ。母がそう言っていた。ある日、Tさんが母と話し込んでいるのを見たことがある。革ジャンを着てハンチングを被った、浅黒い顔の人だった。何処かで見たことがある。なんと! 中学以来の友人Tのお父さんではないか。
確かTは米屋の息子だった。Tの部屋に遊びに行っても、家族に挨拶をしたことはない。中学時代は礼儀作法を全く知らなかった。だが、店先で何回もお父さんの顔を見たことがある。米屋が米も持たずに我が家に来た。何故だろう。
後から知ったことだが、米屋は副業として金貸しもやっていた。私は中卒後、ほとんど家を出て働いていたので、家庭の事情はほとんど知らない。妹の話によると、金貸しのTさんは、金だけではなく、渋谷の土地を活用して暮らしを立てる知恵も貸してくれたそうだ。
Tさんは借り手の身になって考える、思いやりのある人だった。土地がTさんのものになった後も、私の家族で彼を恨むような人は居なかった。住む家を失っても、良い借家を安く世話してくれたと喜んでいた。
Tさんは相談に応えるという感じで金を貸し、同時に活用の知恵を授け、生活が成り立つように援助した。何回も助け、最終的には担保物件を自分の土地にした。そして、感謝されるのだから大したものだ。10年間も借り手に寄り添ってくれた。これぞ本当のプロ! 米屋は副業かも知れない。
この親にしてこの子あり、息子のTもえらい。彼は大学を出るまで私と付き合ってくれた。中学から、3・3・4年と10年間、私の友人で居てくれた。丁度、母がTさんから金を借りて、土地がTさんのものになる期間と一致する。
私は母がTの父親から金を借りていたことを知らない。そして、母は私がTと付き合っていたことを知らない。だが、T家の父子は全てを知っていたと思う。金貸しとは大変な仕事と思う。10年間も家族が協力して、人間関係を築き信頼を得る。そして、機が熟するのを辛抱強く待つ。トラブルなく目的を達成するためには、知恵も忍耐力も必要である。