定年退職8年後、シルバー人材センターの紹介で近くの小学校で休日の日直アルバイトをすることになった。小学校の玄関は鍵が掛かっていたのでインターフォンを押した。
「はい、職員室です」
「学校管理で働くことになった中波です」
「はっ?」と言ったきり少し沈黙、周囲の人に何か聞いている気配がする。
「代行さんですね。どうぞ」
なるほど代行さんか、自分の仕事が現場で何と呼ばれているか分からせてもらった。シルバーセンターの仕事分野には学校管理と書いてあったので、そう告げたが通じなかった。その後、センターでの呼称は「学校日直」と改められた。
日直代行の仕事はインターフォンで玄関の出入をチェックしたり、校内を巡回したり、休日の警備員みたいな役目もある。テレビドラマなら警備員が殺される場面から始まるが、私が体験したのはホンの小さな誤解から生じた極めて小さな出来事。それでも心に傷がついた。
「代行さん。変な音がするでしょ、調べてくれない」
年配の先生はイライラしている。短い曲の繰り返しのような音だ。先生はインターフォンを指差しながら言っている。常勤の先生が分からないことを日直代行に分かる筈がない。
「はい、分かりました」と、言ったところで、何を調べるか検討もつかない。それでも、じっと座っているより、その場を離れた方が気が楽だ。しばらく散歩してから職員室に帰り、「変ですね〜。後で教頭先生に報告します」と言って、一件落着のつもりだった。
パソコンで作業している年配先生の机に携帯が置いてあるのが目に入った。ふと、あることが気になったが、まさかそんなことがあるまいと心の中で打ち消した。しばらくすると、先ほどと同じ「着メロ」のような音が、また聞こえてきた。
年配先生は誰に言うでもなく「また、変な音がしてる。いやになっちゃうね。忙しいのに」。大きな声でつぶやくが、顔がこっちを向いている。暗に、もう一度調べろと促している。少々うんざりしたが、先ほどと違って、今度は若い先生も職員室にいた。忙しいのか、休日でも次々にやってくる。
若先生は「パソコンではないですか」と言いながら年配先生の机に近づくと「アラ!携帯じゃない。着メロですよ」と言った。それは私が言いたくても言えなかった一言だった。当たり前すぎて口には出せなかったのだ。
年配先生は携帯を取ると「ごめんなさい。気がつかなくて」と見えない相手に向って、ぺこぺこしながら、電話に出なかったことを詫びていた。「変な音」が鳴るたびに、調べてと促した年配先生だが、原因が自分の携帯と分かると、とたんに「代行さん」が見えなくなったようだ。
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