退職して寂しいという人も居る。一方、退職して自由になり、趣味やスポーツを満喫できると楽しみにしている人も居る。ところで私は、スポーツはできないし趣味もない。それでも退職して楽しかった。仕事が凄く苦手だったので解放された奴隷のようにルンルン気分だった。
自由は楽しい、好きなことが出来るからだ。カラオケ、ダンス、マージャンにゴルフと、楽しんでいる人も多い。できれば私も楽しみたいが、それは無理。人には得手不得手がある。若いころなら「やればできるから、頑張りなさい」と言われればその気になる。しかし、この歳になると、生まれつきそうなのだから仕方がないと諦める。そもそも楽しむ為に頑張るなんて矛盾している。
そこで私が選んだ遊びは「記者ごっこ」。子供の遊びみたいなものだ。遊びだから自ら進んで取材などはしない。そのかわり、誘われればどこにでも行ってしまう。今日は苦手な大カラオケ会だ。果たしてどうなることやら。万一、歌えと言われたら逃げてやろう。
道新コラム「朝の食卓」2010年6月23日投稿。画像クリック=拡大
大カラオケ会には50人くらい集まったが、いつもと違う華やかさがある。特に女性が美しい。同じシニアネットの仲間なのになぜこうも違うのだろうか? 少し考えてみた。ヒントは17年前のノートパソコンはかなり大きかったこと。
パソコンを背負っていないからお洒落ができるのだ。勉強会の後でも、皆んなそろってホテルへランチに行くことがある。重そうなリュックサックを背負った集団を、ホテルマンは何者に見ただろうか。登山でもない。旅行者でもなさそうだ。さては新手の行商人グループか?
カラオケクラブ例会は新任のO部長の引き語りで始まった。実にうまい。うまいはずだ。往年の人気テレビ番組「ザ・ヒットパレード」で歌っていた経歴があるのだ。私が担当する地元のラジオ番組「山鼻、あしたもいい天気!」に、Oさんにゲストとして出演をお願いした。
その頃の私は記者ごっこだけでなく、放送ごっこもしていた。放送の前にOさんの歌も、ぜひお聴きしたいとの思いもあって、このカラオケ例会に参加させてもらった。ラジオでの話題は「音楽と中島公園」とした。Oさんがドン・ホーの歌を4曲選んでくれた。ハワイ公演、テレビ出演などの思い出話なども話してくれた。
ところで、カラオケ会で歌ってしまった。なんとなく歌わされるような雰囲気を感じたので、トイレに逃げ込んで時間をつぶして出てくると、なぜか私の番になっていて舞台に連れて行かれた。遅蒔きながらカラオケごっこもしてしまった。
「記者ごっこに放送ごっこにカラオケごっこか? なんでも『ごっこ』と付ければ済むもんじゃないよ」
「もの書きとはそうゆうものです」
「ほっ〜、もの書きと来たか。後光がさしてるよ、先生」
「よして下さい。拙い真似事ですよ」
「後ろが光ってるぞ〜」
ムカッ(-_-メ)
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