60代から70代前半までは若者気分で元気よく、充実していたが不満も多かった。私はこの時代を「自由時代」と呼んでいる。思い起こせば、あの頃が懐かしい。とは言え、今の静かな生活も捨てたものではない。
「亭主、おん出してやったわ」
とAさんが、気炎をあげている。
「ホントですか」と、60代だった私。
「眠れないから、ラジオつけたり、本読んだりするでしょ」
「そうそう。私もそうです」
「そしたら、あのろくでなし、眠れないとか、あーだーこ〜だ〜いうのよ。眠れないのは私じゃあないの」
「ラジオはイヤフォンで聴きましょう」
と、思わずご主人の代弁。
「るさいわねぇ! 部屋なんかいっぱいあるでしょ、好きなところに行って勝手に眠むんなさい!」
ご主人の代わりに叱られてしまった。そういえばAさんの家は大きい。グランドピアノを置いた居間の他、子ども部屋4室はすでに空き部屋、それに寝室、応接間、書斎まである。
「ご主人ビックリしたでしょう」
「出たっきり、帰ってこないのよ〜」
「家の中で寝ているのなら、いいじゃないですか」
「淋しくなったら、いつ帰ってもいいのよ。と言ってあげているのに、まだ帰ってこないのよ〜」
「優しいのですね。私なんか、もう帰って来なくていいと言われてしまいました」
「どこから?」
「病院からです」
「そう、病院から帰らないとすると焼き場に直行かな?」
「もっともっと酷いところがあるのですよ」
つい先日のことである。朝、病院に行こうとすると、お母さんの「服装チェック」。毎度のことだが、もうウンザリだ。出かけようとするとジロリと見てケチを付けるのだ。あぁ、叉か。と思いながらも、素直に「はいはい」と言っておく。朝から揉め事はゴメンだ。とりあえず、ズボンを脱いでステテコ姿でいた。
「何よ!その格好」
「ズボンを替える準備です」
「そんな、みっともない格好して、誰か来たらどうするの。時間がないから出かけるからね」
「はいはい、行ってらっしゃい」
続いて、小さな声で独り言「せいせいするわい」。これが聞こえてしまったようだ。厳しい言葉が返ってきた。
「病院に行ったら、もう帰って来なくていいからね!」
病院に行ったきり帰れないとは如何なる場合だろうか。大学医学部の地下にある「ホルマリンプール」行きとか聞いたことがある。私の抜け殻も人体解剖用にプールに沈められるらしい。ひょんな調子で浮き上がると棒で突っつかれるそうだ。打ち所が悪いとバラバラに壊れてしまうとか?
ところで、80代の今から思うと60代はまだ若い。恥ずかしいことも含めて全てが懐かしい。既に男性の平均寿命を過ぎているのに、まだ生きている。楽しい二人暮らしだが口喧嘩は絶えない。そんなとき私は、直ぐに謝る。凄く喜ばれるからね。「この世は舞台、人はみな役者Shakespeare」だそうだ。二人のうち演技上手はどっちだろうか?
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