2023年01月21日

楽しい洋楽カラオケ

こんなタイトルでは知らない人が読んだら、歌が上手で外国語もペラペラな人が書いていると勘違いするかもしれない。実は全く逆。歌は並外れた音痴、英語も中卒レベル以下で、21歳になってから3ヶ月訓練を受けただけ。

英語を好きになるきっかけにはなったが、定職が決まると勉強は止めてしまった。職を転々、半失業時代の勉強は生きる為だけのものだった。公務員なら病気になっても医者にかかれるし、病気休暇もあるぞと安堵した。

私は体力がなく不器用で感が鈍い。真面目でコツコツ全力で働けば何とか生きられる程度の人。それでも82歳まで生きられたのは運が良かったからである。

第一の運は、たった3ヶ月とはいえ給料をもらいながら英語の勉強に専念できたこと。第二の運は失業中の22歳で就職試験に合格したこと。二つとも時の運がついたのだ。そして、第三の運はタイトルにある洋楽カラオケとの出会いである。

私が75歳、後期高齢者になったころ所属するシニアネットのメールで洋楽カラオケ会の新規募集があった。そこには「洋楽が好きな人なら誰でもよいと書いてあった。しかし、全く歌えない後期高齢者は想定外かも知れない。それでも何とか受け入れてもらったのは運が良かったからである。

人に恵まれたのが1番の運、全く歌えないのに無視せずに励ましてくれた。身近に洋楽カラオケの会ができたことも運がついたからだ。日本中探しても私に歌わしてくれる会はないと思う。運がいい時は次々と良いことが続く。

私はいろいろやって、全てに見放されたて無趣味になってしまった。空想の中で歌って踊って楽しんでいた。現実には身体が動かないので踊るのは諦めた。しかし、口と心はまだ元気なので、これからも歌いたい。

2年間で3回入院した。暇な時間は歌を聴いていたら、自分の歌とは随分違うなと思った。退院してしばらくして歌って録音して聴いてみた。余りにも酷いので思わず笑ってしまった。すでに82歳、何とかしようと思ったがどうにもならない。でも楽しみたいので独自の練習方法を考えた。

道具はパソコンと操作が簡単なICレコーダーだけ。画面を見ながら歌って、録音を聴く。これを7曲1回ずつ繰り返す、合計45分の練習を毎日することにした。効果は不明だが、遊び半分で楽しいから続けられる。そして、自分でいいと思った3曲を恒例の洋カラ会で歌うことにした。

そのカラオケ会は私にとって唯一最高の晴れ舞台。外国語で歌う決まりが有難い。日本語でもいいよと言われたら決まりが悪くて英語では歌えない。それに、音痴で口が回らないから日本語でもダメなのだ。

入退院を繰り返し、今はリハビリをする身だ。毎日1時間の散歩も冬は厳しい。整形外科医院のリハビリも退屈で面白くない。補聴器のトレーニングは始めたばかり。やっぱり洋カラが一番楽しい。呼びかけてくれる人がいるから参加できる。とても有難いと感謝している。

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2023年1月8日 札幌コンサートホール・キタラで成人式。
posted by 中波三郎 at 00:00| Comment(0) | 80歳以降
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