知識も能力も無いから、気の利いたストーリーなど思いもよらない。それに比べると事実は百倍も面白い。しかし、ノンフィクションは書けない。調べるのは大変だし、事実と証明するなんて、私には不可能。それなのに、書いたり空想したりするのは大好きだから、困ったものだ。
事件はこうして始まった。2006年の春、SP市N公園のS池で、大量の鯉が突然消えた。原因はおろか「いつ消えたのか」さえ分からない。ある日突然いないことに気がついたのだ。以後2年間、この池で鯉の姿を見ることはなかった。
以前は、いたるところで泳いでいた鯉が突然パッと消えた。当局からの発表もなければマスコミ報道もない。何故だろう? SP市S池に鯉が初めて放されたのは明治23年(1890年)のことである。画像は札幌市公文書館所蔵。
それから116年たった春のことだが、凍結が融けてみると池の中の鯉が、一匹残らず消えていた。
春になると表面に張っていた氷が融け、水温は徐々に上がる。そして、S池にボートが浮かぶ頃になると、池の底に眠っていた鯉が目を覚まし水面に姿を現す。この時期になると、春の陽気に誘われるようにして、公園を散歩する人たちも次第に増えてくる。
デジカメで池に向って写真を撮っていると、見知らぬオバさんに声をかけられた。「鯉が見えないでしょ。みんな死んじゃったのよ。工事で水を止めたから酸欠をおこして死んじゃったの。子供たちが池の主といっていた大きな鯉が、一匹残らず死んじゃったのよ。悲しいよね」。オバさんは怒っていたが、私は信じられなかった。
「そんなことないでしょう。地下鉄工事で池の水を抜いた時だって、鯉は養鯉業者に預けていたんですよ。川の工事で酸欠が予想されるなら、その前に何処かに移すでしょ。ここの鯉は昔から大切にされてきたのです。心配ないですよ」。
とは言ったものの、気になって池のまわりを鯉を探しながら歩いたが、一匹の鯉も見つけられなかった。ボート小屋のオジさんに聞くと「寒いからまだ、池の底に潜っているのだろう」と気にする様子もない。何か変だ。既に温かくなっている。鯉が泳ぎだすほどの陽気になっているのだ。何か胡散臭い。オジさんが横を向きながら話しているのも気になった。
10人以上の「散歩の常連さん」に聞いてみたが、見た人は誰もいなかった。中には「私はウオーキングに専念しているから、池なんか見てないよ」という人もいたが、大部分の人は「不思議だ」と言って、首を傾げていた。いろいろ調べたが池に鯉がいないことがハッキリしたので、H新聞社に知らせた。さっそくA記者が取材に動いた。素早い対応に感謝。しばらくして記者から電話が来た。
「公園事務所やSP市公園課を取材したのですが、おかしいですね。まったく関心がないのですよ。住民も、なぜ騒がないのでしょうね。百年間続いた環境が破壊される可能性だってあるんですよ。原因が分からないのですからね!」
着任早々、この事件に遭遇した記者は義憤を感じているようだ。特に、公園関係者やSP市住民の無関心ぶりには呆れているようだった。
「公園事務所では池は関係ないと言うんですよ。公園の中の池ですよ。そんなことってあるんですかねぇ。取材に行っても何もないの一点張り、取り付く島もないんです。ともかく、現場を見た人がいなけりゃ話にならんですよ。見つけてくれたら徹底的にやりますよ!」
少なくとも100匹以上はいた筈だ。鯉がこんなに沢山一度に死んだのなら、死骸を見た人や、片付ける現場を見た人がいると思う。魔法じゃあるまいしパッと消えるはずがない。何とかして「証人」を見つけたいと思った。オバさんは現場を見たと言っていたが、その後会うことはできなかった。
2週間一生懸命探したが、現場を見た人にも死骸を見た人にも会えなかった。まったく不思議なことがあるものだ。大量の鯉が一匹残らず、誰にも知られずに消えてしまった。こんな不思議なことはない。この謎は絶対に解いてやろうと決意を新たにした。